電車

 混雑した車内の中、腕を引っ張られて引き寄せられて、大人しく相手の腕に収まった。しまらない顔のまま相手を見上げると、相手が小さく苦笑するのがわかる。だって頬が赤い。照れてるでしょ――――なんてつっこむとますます緊張するだろうから言わなかったが。
 すっと相手に身を寄せて、そのぬくもりに目を細める。
 すり、と頬にあたる布の感触は、とてもよく馴染んだもの。
 いつもと抱きしめている枕と同じ。
 ……もとい、いつも通りの枕の感触に、寝ぼけ眼をうっすら開く。
 伸ばした指先が掴むのは、アラームを鳴らし続ける己の携帯。
「ってゆめかよ」
 わざわざ思い知らされなくても、いやというほど知っている。あんな風にガードしてくれる恋人もいなければ、そこまで発展するような相手もいない現実ぐらい他の誰でもない自分が一番知っている。
 夢なら夢でいいじゃない。
 覚める必要なんてないじゃない。
 画面に表示された日付を確認して、布団を頭からかけなおす。
 せっかくの休日なのだからと、もう一度あの夢が見れることを祈りながら。

・・・・・・
たまに無性に糖度が高い話が書きたくなるんですよね。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ねーよ!

 しくしく、とか、ぽろぽろとかなら。
 まだしとやかさだの女の色香だのというのが感じられるのだろうに。
 目の前でわんわん泣きつづけている少女を見下ろし、彼は苦虫を噛み潰す。
「だから、先輩にはお似合いの彼女がいたんだろ。もうわかったっての」
「これでわたしが告白なんてしたら三角関係の泥沼だもの先輩を苦しませるなんてできないものそんなのいやだものぉっっ」
 どうして告白=三角関係という式が成り立つのかが理解できない。
 そもそも相手にすらされないだろう、こんな勘違いの突進女。
 こんなのを相手にするのは、するようなやつは――――……
 そこまで考えてはたと我に返る。何を考えてるんだ自分は。ていうか何を考えさせるんだこいつは。羞恥心が矢のようなスピードで膨れ上がって、ぷつんと何かの糸を切った。
「だっから断腸の思いで諦めたみたいな顔してんなよふつーにねーだろちょっと考えればわかんじゃねーかいい加減ひたってねーで現実みろよ!?」
 少女の嘆きは増すばかり。
 がくりと彼も肩を落とす。
 何度同じことをくり返せば気が済むのだと、後悔はしているのだがとめられない。だいたいなんでこうやって、毎回傷心の彼女に付き合っていると思っているのか。このポジションを奪わせないのはどうしてか。

 俺が目の前にいるだろわかれよ!?

 この一言を言うことができるのはいつの日か。
 少女の嘆きをBGMに、そんな日が訪れるのかどうかすら彼には想像できなかった。

・・・・・・
某ディアなガール的ラジオの着ボイスから。
もう少しコンパクトにすっきりできんもんかしら。むーん。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

笑うとき

「んだよたいしたことねーじゃねーか」
 不満に顔をしかめて、彼は友人をふりかえった。おい、帰ろーぜ。ふりかえった先の友人は、おうと頷いて、がっかりだよなーと口を尖らせる。
「せっかくきたのがバカバカしくね?」
「お前が先にいったんじゃねーか」
「お前だってノっただろー?」
 不毛な言い争いにどちらともなく見切りをつけて、彼は手にした懐中電灯で目の前の石像を照らしてみせた。
 不気味に口を開く石の猿。
 それをまつるのは、体育館裏にある、小さな社。
 いつ、誰が、何の謂れがあってここにあるのかもわからないが、ここは間違いなく学校の怪談スポットのひとつだった。代々上級生から受け継がれている話によれば、この猿が動き出して、生徒たちを喰らうという。
 どちらともなく盛り上がった肝試しは、先生・職員・警備員の目を抜け夜中辿り着いたまではよかったものの、結局のところ何も起こらずただ時間がすぎたために、急速にその勢いを失っていた。
「ったく、期待させんなっつーの!」
 落ちていた石を拾い上げ、腹いせもこめて像に向かって思い切り投げつける。これでも一応、野球部に所属している身だ。狙いは外れることなく猿の像にあたり、像の牙がかけて転げた。
「おい、何やってんだよ」
 先をゆく友人が、ふりかえって呼んでいる。
 己の腕に満足げな笑みを浮かべながら、彼も急いで後を追う。


 けれども誰も気づかない。
 より深く凶悪に、笑みを零した存在など。
 けたけたと、その日闇夜に響いたのは、甲高くて虫唾が走る笑い声。――――……アァヨカッタ、ヤットウゴケル。
 ケモノがのそりと、その身を起こした。

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友人と出たイベントでの配布物。
夏だったので怪談モノ。その時出した本の小ネタでした。