ハイタッチ

 改札へと続く階段を降りていると、母親に抱かれた赤ん坊と目があった。母親に抱かれて前をゆく赤ん坊は、自分がにこ、と笑うと、おんなじようににこ、と笑って手を伸ばしてくる。
 釣られて自分も手を伸ばし、そっと行うハイタッチ。
 ――――――――次の瞬間みせた赤ん坊の笑顔といったら、もう、

「ほんっっっっとにかわいかったのよー」
 昼間の出来事を思い出しクッションを抱きしめ悶えていると、ふいに目の前に影が差した。赤ん坊よろしく四つんばいで近づいてきた顔に軽く首をかしげて目を閉じれば、そっと唇が重なりあう。
 なぁ、と耳元で響くちょっとかすれた甘い声。
「赤ちゃんほしなったんとちゃう?」
 笑って「ばか」と返したが、クッションを取り除く手には抵抗せずに身を任せた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

サマー・デイ

 はい、と手渡されて成樹はきょとんと目を瞬かせた。
 きれいにラッピングされた小さな箱。お菓子だろうか、随分軽い。振ってみればかさかさと音がした。プレゼントをもらえる理由なんてひとつぐらいしか思いつかないが、些か気が早いと感じるのは自分だけではないだろう。もっとも、今この場には自分と彼女しかいないのだが。
 別に彼女からプレゼントをもらうこと自体はやぶさかではない、というよりもむしろうれしい。うれしいのだが、フライングにしたって微妙な時期であるには違いない。別に明日学校が休みであるわけではないのだし、明日渡してくれてもよさそうなものなのだが。
 けれども彼女の顔が面白いぐらいに真っ赤であるということは、つまりはこれはそういうことなのだろう。
「おおきに。開けてえぇ?」
「どうぞ。別に単なるチョコだけど」
「チョコ」
「そうよ、チョコよ。何か文句でもあんの」
 いや文句っちゅーかなんちゅーか。
(そない真っ赤な顔で睨まれてもこわないし)
 いろいろ葛藤しているのだろう彼女の内心を想像すると、むしろ頬がにやけてくる。思わずイケナイ欲まで顔を出しそうで、成樹は包みを開けることに意識をやる。
 ――――やるついでにちらりと顔を上げたら、視線がばっちりあってしまった。
 ぐ、と彼女の眉尻が下がる。どうやら彼女が先に限界を迎えてしまったようだ。
「べ、べつに、アンタのためってわけじゃないんだからね!? きょ、今日は七夕だから……っ」
「七夕? 七夕がなんでチョコになるん」
 真面目に聞き返せば、彼女がはっと言葉につまる。どうやら自分の反応は予想外だったらしい。ぱくぱくと金魚みたいに口を戦慄かせ視線を泳がせると、それから彼女は泣きそうな顔で素早く言った。
「……れんた……」
「ん?」
「〜〜〜〜っバレンタインよ! バレンタイン! 七夕をサマー・バレンタインっていうの!」
 サマー・バレンタイン。
 せやからチョコか。
 得心した成樹は、にま、と顔を緩ませて彼女の顔を覗き込んだ。
「本命?」
「知らない!」
「あ、ちゃうんや。傷つくわー。これで明日は愛しの彼女から祝ってもらえることもな……」
「っ! 誰もあげないなんていってなっ」
 しまったと、彼女が口を押えても後の祭り。
 これ以上なく楽しげな笑みを成樹は浮かべ、「おおきに」とチョコを一口頬張った。


・・・・・・
二千九年生誕祝話。
誕生日祝いのはずが、書いてる内にわけがわからなくなってます(いつものこと)

とはいえ、サマー・バレンタインって全然メジャーじゃないよなぁ…。